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醤油がなかった時代、日本の料理はどうやって味付けしていたのか

公開日:2026-09-23

醤油がなかった時代、日本の料理はどうやって味付けしていたのか

醤油は日本料理の根幹をなす調味料だが、その歴史は意外に新しい。醤油が普及する以前、日本の料理の味付けを担っていたものとは。

刺身に醤油をつけ、肉じゃがに醤油を使い、出汁と醤油でそばのつゆを作る——醤油は日本料理のあらゆる場面に存在する。

しかし現在のような液体の醤油が広く使われるようになったのは江戸時代のことで、それ以前の日本の料理の味付けは全く異なっていた。

今、当たり前にあるもの

現代の日本の醤油生産量は年間約70万キロリットルに達し、薄口・濃口・白醤油・たまり・再仕込みなど多様な種類が料理に使い分けられている。海外でも「SHOYU」は日本食ブームとともに広まり、世界的な調味料になった。

ペットボトル入りや卓上ボトルが普及し、家庭の冷蔵庫に常備される日用品だ。

それがなかった時代

醤油の前身となるものは「醤(ひしお)」で、奈良時代には中国から伝わった発酵調味料として宮廷料理に使われた。しかしこれは固形に近い発酵物であり、液体の醤油とは異なるものだった。

醤油が現在の形に近づいたのは室町時代から戦国時代にかけてのことで、紀州(現・和歌山県)の湯浅や、讃岐(現・香川県)で発酵・醸造の技術が発展した。しかし当初は非常に高価で、庶民が日常的に使えるものではなかった。

醤油が普及する以前、日本料理の主な味付けの担い手は「味噌(みそ)」と「塩(しお)」だった。味噌汁はもちろん、「味噌だれ」「味噌煮」という形で味噌が料理全体の味付けを行い、酢・酒・みりんが補助的に使われた。

どう変わってきたか

現在の醤油文化を確立させたのは江戸時代だ。江戸の人口が増え、大消費地となったことで、関東では「濃口醤油」の大量生産体制が整えられた。

野田(現・千葉県野田市)・銚子などが醤油の産地として発展し、利根川を使った水運で江戸に大量輸送された。江戸前寿司・天ぷら・そばなど江戸の庶民食が醤油で味付けされ、現代の和食の原型が形成された。

明治以降は醤油の工業化が進み、大正・昭和期に全国統一の品質基準が整えられた。

調味料が文化を作る

醤油が広まることで、刺身・寿司・てりやき・すき焼きなど、醤油なしには成立しない料理が生まれた。

調味料は料理の副次的な存在ではなく、料理の形そのものを決定する。醤油の存在が「日本料理」の輪郭を作ったとも言える。

味噌が主役だった時代の料理と、醤油が主役になった時代の料理は、同じ「和食」という言葉で括られるが、その味のありようはかなり異なっていたはずだ。

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