結婚式がなかった時代、夫婦になることはどうやって認められていたのか
公開日:2026-09-29
白いドレスとタキシードで行う結婚式は近代の産物だ。それ以前の日本で夫婦になることはどのように行われ、社会に認められていたのか。
白いウェディングドレスで式場に入り、誓いの言葉を交わして指輪を交換する——これが現代の結婚式のイメージだ。
しかしこの形式は近代西洋から来たもので、日本の伝統的な結婚の形はそれとは全く異なっていた。
今、当たり前にあるもの
現代の日本では結婚式の形は多様化しており、神前式・キリスト教式・人前式・海外での挙式・フォトウェディングなど選択肢が広がっている。挙式を行わないカップルも増加し、婚姻届の提出だけで結婚を済ませる「籍だけ入れる」スタイルも一般化した。
結婚式の平均費用は約300万円とされるが、コロナ禍以降に規模を縮小する傾向が続いている。
それがなかった時代
近代的な結婚式が整備される以前の日本では、夫婦になる手続きは地域・身分によって大きく異なっていた。
平安時代の貴族社会では「婿取り婚(むことりこん)」が一般的で、男性が女性の家に通い、やがて女性の家に居を定める形だった。公式な「式」は必ずしも行われず、三日間通い続けた後に女性の親に認められることで婚姻が成立する習慣があった。
江戸時代の庶民の結婚は、仲人(なこうど)が両家の間を取り持ち、嫁が夫の家に移る「嫁入り婚」が基本だった。婚礼の儀式として「三三九度(さんさんくど)」の盃事が行われたが、これは神社での挙式ではなく、家の中で行う儀式だった。
地域の共同体が婚姻の事実を認知することが「夫婦」としての社会的承認であり、現代のような戸籍への記載という概念は明治以降に生まれた。
どう変わってきたか
近代的な戸籍制度が始まったのは1872年(明治5年)のことで、「夫婦」を国家が登録・管理する制度が整備された。婚姻届の提出が法的な結婚の条件となったのはこのころだ。
神前結婚式が普及したのは明治34年(1901年)、大正天皇の皇太子時代の結婚式が神前式で行われたことがきっかけとされる。それまで神社での挙式は一般的ではなく、家庭内での儀式が中心だった。
戦後に洋風の結婚式場・ホテルウェディングが普及し、1970〜80年代にはキリスト教式の挙式が流行した。チャペルでの挙式は宗教的な意味よりも「雰囲気」として選ばれる形になった。
夫婦という関係を社会が認める仕組み
どの時代の結婚にも共通するのは、「二人の関係を社会が承認する」という機能だ。
平安貴族には「通い婚」という承認の形があり、江戸庶民には「仲人と地域共同体」による承認があり、現代には「婚姻届と戸籍」による国家の承認がある。
形は変わっても、二人の結びつきを「公にする」という行為の意味は変わっていない。結婚式はその承認を「体験として記念する」装置として、時代に合わせた姿をとり続けている。