ハロウィンがなかった時代、10月31日は普通の秋の一日だった
公開日:2026-10-31
仮装した人が街を歩く10月末の光景は、ほんの30年前には日本に存在しなかった。外来文化がどのように日本に根づいたのかを振り返る。
10月末になると、街がオレンジと黒で彩られる。
コンビニのショーウィンドウ、ケーキ屋のウィッチの飾り、渋谷や原宿を歩く仮装した若者たち。ハロウィンは今や日本の秋の風物詩になったが、これが日本で広まったのは1990年代のことで、当時を知る大人にとっては「いつの間に定着したのか」という驚きがある。
今、当たり前にあるもの
日本のハロウィン市場規模は2023年時点で約1,500億円規模とも言われ(日本記念日協会などの推計)、バレンタインデー・クリスマスに次ぐ一大商業イベントになっている。
コスプレ文化の下地もあり、キャラクター仮装・ホラー系仮装・グループ仮装と多様な形が生まれた。テーマパークのハロウィンイベントは夏から準備が始まり、10月全体がハロウィンシーズンとして扱われる。
それがなかった時代
ハロウィンの起源は、古代ケルト人の祭り「サウィン(Samhain)」に遡るとされる。10月31日は夏の終わり・年の変わり目の前夜として、死者の霊が戻ってくる日と信じられ、悪霊を追い払うために仮装するという習慣があった。
キリスト教が広まる中でこの日は「万聖節(All Hallows' Day)の前夜(Eve)」、すなわち「All Hallows' Eve」→「Halloween」と呼ばれるようになった。アメリカに移住したアイルランド・スコットランド系移民によってアメリカに持ち込まれ、子どもが仮装して「トリック・オア・トリート(Trick or treat)」と言いながらキャンディをもらって歩く文化として定着した。
1980年代以前の日本では、ハロウィンを知っている日本人はごく少数で、外資系スーパーや在日外国人向けの店が飾り付けをする程度だった。
どう変わってきたか
日本でのハロウィン普及の転換点は1990年代だ。東京ディズニーランドが1997年から「ディズニー・ハッピーハロウィーン」イベントを始めたことが大きな起爆剤になったとされる。テーマパークの集客を目的としたイベントとして定着し、子どもを中心に仮装という文化が広まった。
2000年代以降、コンビニやスーパーのハロウィン商戦が本格化。2010年代には渋谷・原宿での仮装イベントが若者文化と結びつき、SNSでの拡散が爆発的な盛り上がりを生んだ。2018年の渋谷では大規模な混乱が生じ、翌年から都が路上飲酒を禁止するなど対策が取られた。
文化の受容と変容
ハロウィンが日本に根づいた過程は、日本が外来文化を受容してきた歴史の縮図でもある。
もともとケルトの農耕儀礼が宗教的祭りとなり、アメリカで子ども向けイベントになり、日本でコスプレ祭りになった。それぞれの段階で元の形は変わっている。
バレンタインデーが日本でチョコレートを贈る習慣として変容したように、外来文化は日本の文脈の中で独自の形を取ることが多い。10月31日がオレンジ色で満ちるこの時代は、グローバル文化が日本の日常に混ざり込んでいく、ひとつの形だ。