買い替えが当たり前になる前、物は直して使うのが普通だった
公開日:2026-10-27
壊れたら捨てて新しいものを買う。その当たり前が定着したのは大量生産・大量消費の時代からで、それ以前は物を直すことが生活の基本だった。
靴底がすり減ったら買い替える。傘の骨が折れたら捨てる。
壊れたものを捨てて新しいものを買う、というのが現代の消費の標準的なパターンだ。修理するという選択肢は「手間とコストがかかる特別な行為」になっている。しかしつい数十年前まで、物を直すことは生活の当然の一部だった。
今、当たり前にあるもの
現代の日本では大量生産品が安く手に入る。ユニクロのシャツは数千円、100円ショップに行けば生活用品のほとんどが揃う。壊れても修理代の方が高くつくことが多く、新品を買い替える方が合理的という場面が増えた。
修理業者も存在するが、時計・鞄・電化製品の修理は「こだわりのある人が選ぶもの」という位置づけに変わりつつある。一方、2020年代には循環型経済(サーキュラーエコノミー)の観点から修理文化の見直しが進んでいる。
それがなかった時代
高度経済成長以前の日本では、物は非常に貴重だった。
着物は何世代にもわたって受け継がれ、母から娘へ仕立て直されて使われた。傘は骨が折れれば「傘の修理屋」に持ち込んだ。下駄・草履の歯は交換できる設計で、傷んだら専門の修理師が直した。包丁は「研ぎ師(とぎし)」が研いで切れ味を回復させた。桶・樽は「たが師(たがし)」が金属の輪(たが)を締め直して補修した。
江戸時代の街には「古道具屋」「古着屋」「古紙回収」「鍋釜修理師」「傘修理」「鼻緒げた直し」など、物を直したり再利用したりする職業が街に溢れていた。「もったいない」という言葉は、この文化の精神を表している。
壊れた陶器を金(漆と金粉)で繋ぐ「金継ぎ(きんつぎ)」は、修理した痕跡を隠さず美しさに変える日本独自の美意識から生まれた技法で、「割れた器を繕う」ことへの敬意が込められている。
どう変わってきたか
大量生産・大量消費の文化が定着したのは、戦後の高度経済成長期からだ。1960〜70年代に家電製品・自動車・衣服が安価に製造されるようになり、修理より買い替えの方がコスト的に有利な場面が増えた。
「安く・大量に・使い捨て」という消費パターンは便利さをもたらした一方で、ゴミの増大という問題を生んだ。1970年に「廃棄物処理法」が制定されたのも、高度成長期に爆発的に増えたゴミへの対応が必要になったからだ。
2000年代以降、3R(リデュース・リユース・リサイクル)という概念が普及し、修理や再利用を重視する流れが生まれてきた。フリマアプリの広がりは、物を循環させる文化の現代版とも言える。
物との関係の変化
「直して使う」から「買い替える」への変化は、物との関係を変えた。
修理が当たり前の時代は、物に愛着が生まれやすかった。同じ傘を何年も使い、修理した痕跡が「歴史」になる。使い捨ての時代は、便利だが物への愛着が薄れやすい。
どちらが良いかという単純な話ではないが、物を直す文化の中にあった何かは、金継ぎの金色の筋のように、今もどこかに残っている。