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ランドセルがなかった時代、子どもたちは何を背負って学校へ行ったのか

公開日:2026-10-12

ランドセルがなかった時代、子どもたちは何を背負って学校へ行ったのか

小学生がランドセルを背負う姿は日本の春の象徴になった。しかしあの四角い革袋は、もともと軍隊の装備から来ていた。

4月になると、大きなランドセルを背負って歩く新一年生の姿がある。

体の半分ほどもある赤や黒の四角い革袋を背負い、少し前のめりになりながら歩く。あの光景は日本特有のもので、外国人観光客が驚く「日本らしい風景」のひとつでもある。しかしランドセルが小学生の通学かばんになったのは、それほど長い歴史ではない。

今、当たり前にあるもの

現代のランドセルは人工皮革や牛革・コードバン製で、6年間使い続けられる耐久性がある。背面のクッション、荷重分散のための設計、防水加工など、機能面も進化してきた。価格は数万円から十万円以上まで幅広く、入学前の「ラン活」と呼ばれるランドセル選びが年々早期化している。

色も豊かになり、かつては男子が黒・女子が赤という固定化が当たり前だったが、今は多様な色から選べる。

それがなかった時代

ランドセルの語源はオランダ語の「ransel(ランセル)」で、背嚢(はいのう)を意味する。江戸末期、幕府が西洋式軍隊を導入した際に取り入れた軍隊用の背負いかばんだ。

明治時代に入り、1885年(明治18年)に学習院(現在の学習院初等科の前身)が通学かばんを統一した。それまで通学には風呂敷包みを持たせたり、使用人に荷物を持たせたりしていたが、どの家の子も自分で荷物を持つという規則が設けられた。このときに採用されたのが、軍隊式の革製背嚢、すなわちランドセルだ。

1890年、明治天皇が皇太子(後の大正天皇)の学習院初等科入学を祝い、内閣総理大臣だった伊藤博文がランドセルを贈ったという記録がある。これが広く知られたことで、ランドセル=学習院=上流階級という格式あるイメージが生まれたとも言われる。

どう変わってきたか

戦前は革製品が高価だったため、ランドセルは一部の恵まれた家庭の子どもか、都市部の小学生が使うものだった。多くの地方の子どもたちは風呂敷包みや布製のかばん、あるいは手提げかばんで通学していた。

全国的に普及したのは戦後の高度経済成長期で、物資の豊かさとともにランドセルが一般化した。1955〜60年代に全国の小学生の間に広まり、「入学=ランドセル」という文化が定着した。

現在は耐用年数6年を前提に設計されているが、昔のランドセルは6年間大切に使った後、弟妹へ引き継がれるものだった。

日本だけの通学文化

ランドセルは日本独自の文化として、今や世界にも知られるようになった。

軽量化への要望から「ランドセル症候群」(重すぎる荷物による肩・腰への負担)が指摘される一方、電子教科書の普及によって将来は荷物が減る可能性もある。

一方で、あの四角い革袋には、「これを背負うと小学生になる」という通過儀礼としての意味も生まれた。軍の背嚢として始まった道具が、なぜか子どもの成長の象徴になった経緯は、日本の近代化が持つ独特のねじれを映しているようでもある。

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