パスポートがなかった時代、国境を越えることは自由だったのか
公開日:2026-10-20
一冊の冊子で世界中を旅できる。その当たり前の自由は、二度の世界大戦と国際秩序の変化の中から生まれた。
パスポートを持って空港へ行けば、海外へ行ける。
現代の日本人には当たり前のこの事実が、歴史的に見ると驚くほど新しいことがある。そして逆に、現在の「パスポートが必要」という制度自体も、長い歴史の中では比較的最近に確立したものだ。
今、当たり前にあるもの
日本のパスポートは、193の国・地域にビザなしで入国できる(2024年時点)。世界最強レベルのパスポートとして知られており、一冊持っていれば観光目的であれば大半の国へ自由に渡航できる。
有効期間は5年または10年で、外務省が申請者の身元を確認して発行する。電子チップが内蔵され、顔認証による自動化ゲートでの入国審査も普及している。
それがなかった時代
近代的なパスポート制度が国際的に整備されたのは、20世紀に入ってからのことだ。
それ以前、特に19世紀のヨーロッパでは、多くの国の間では旅行に際してパスポートは不要だった。鉄道と蒸気船の普及とともに人の移動が活発化したこの時代、自由な移動を妨げるものとして、むしろパスポート制度を廃止する動きもあったほどだ。
しかし第一次世界大戦(1914〜1918年)が状況を変えた。戦時中に諸国が国境管理を強化し、スパイや敵国人の入国を防ぐためにパスポートと査証(ビザ)の義務化が進んだ。戦後もこの仕組みが維持され、1920年には国際連盟がパスポートの国際基準を制定した。
日本では江戸時代に「往来手形(おうらいてがた)」と呼ばれる通行証が存在したが、これは国内の移動管理のためのものだ。海外渡航は幕府の許可が必要で、庶民が海外へ行くことは事実上不可能だった。明治維新後、1866年に海外渡航が自由化され、パスポートに相当する「御印章」が発行されるようになった。
どう変わってきたか
第二次世界大戦後、国際民間航空機関(ICAO)がパスポートの規格統一を推進し、写真・個人情報の記載方法が国際標準化された。
日本では戦後の占領期に海外渡航が制限され、一般市民が海外旅行できるようになったのは1964年(昭和39年)に海外観光旅行が自由化されてからだ。東京オリンピックが開催されたこの年は、日本人の海外への扉が開いた年でもある。
その後、航空機の大型化による渡航費用の低下、円高の進展、ビザ免除協定の拡大とともに、海外旅行は特別なものから日常的なものへと変わっていった。
移動の自由と管理
パスポートは「自由に動ける証明書」であると同時に、「国家が個人の移動を管理するための仕組み」でもある。
国が国民に番号を付け、渡航履歴を記録し、入国の可否を他国に通知する。自由と管理の両面を持つこの小冊子の存在を、私たちはパスポートケースに入れて当たり前に扱っている。