温泉宿がなかった時代、人々は温泉をどのように使っていたのか
公開日:2026-09-16
旅館に宿泊して露天風呂を楽しむ。現代の温泉体験は快楽的だが、かつての温泉は療養と湯治が主な目的だった。
温泉地に到着し、夕食後に露天風呂でゆっくりと体を温める。
現代の温泉旅行は娯楽・リフレッシュが目的だが、かつての温泉は主として病気の治療——「湯治(とうじ)」のための場所だった。
今、当たり前にあるもの
現代の温泉地には旅館・ホテルが集積し、宿泊を前提とした観光が産業の基盤になっている。全国に3,000以上の温泉地があり、年間1億人以上が温泉を訪れるとされる。
日帰り入浴施設・スーパー銭湯・温泉成分入りの入浴剤など、温泉を手軽に楽しむ方法も多様化した。
それがなかった時代
近代的な温泉旅館が整備される以前、温泉は医療施設に近い存在だった。
「湯治」とは病気や怪我の治療のために温泉地に長期滞在することで、江戸時代には一般的な医療代替手段だった。入湯期間は21日間(三七日)が基本とされ、患者は宿の一室を借りて長期滞在しながら毎日湯に入り続けた。
湯治客は自炊道具を持参し、食事も自分で作るか近くの農家から買うことが多かった。「湯治宿」は現代の旅館とは異なり、設備も簡素で、娯楽より回復を目的とした空間だった。
武将が戦傷の治療に温泉を訪れる記録も多く、武田信玄が山梨の温泉を活用したことはよく知られている。
どう変わってきたか
温泉地に宿泊施設が整備され観光地化が進んだのは、江戸時代に旅が庶民にも広がった時期と重なる。伊勢参りなどの宗教的な旅行を隠れ蓑にしながら、各地の温泉を楽しむ「湯治旅行」が人気を集めた。
明治以降は鉄道が整備されて温泉地への交通が便利になり、「保養」を目的とした富裕層の客が増加した。湯治から観光へと温泉の主目的が移行し、大正期から昭和にかけて豪華な旅館文化が確立した。
戦後の高度経済成長期には企業の慰安旅行先として温泉地が定番になり、大型旅館・ホテルが急増した。
湯に浸かることの意味の変化
湯治の時代、温泉は「治る」ために来る場所だった。
効能を信じて長期滞在し、毎日湯に入り、自然のなかで静かに過ごす。快楽よりも回復が優先されていた。
現代の温泉旅行は「リフレッシュ」や「非日常」を求めるものになり、1泊2日の短期滞在が主流になった。温泉の本来の力は変わっていないが、それをどう受け取るかは大きく変わっている。