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家にお風呂がなかった時代、入浴は外出して行くものだった

公開日:2026-10-13

家にお風呂がなかった時代、入浴は外出して行くものだった

夜になれば浴室で湯に浸かれる。その当たり前の習慣が、毎晩の家事として成り立つようになったのは戦後のことだ。

寒くなってくると、湯船に浸かる気持ちよさが増す。

一日の疲れを湯で溶かす。それが日本人の入浴文化の核心だ。しかし家の中に浴室があり、いつでも湯を張れるのが当たり前という状態は、戦後に整備された比較的新しい習慣だ。

今、当たり前にあるもの

現代の家庭には浴室と給湯器が備わっているのが標準だ。水道から水を引き、ガスや電気の給湯器で温め、好みの温度に調整してボタンひとつで湯を満たせる。追い焚き機能で冷めた湯を温め直すことも、シャワーだけで済ませることも自由だ。

1970〜80年代以降の住宅はほぼ浴室付きで建設されており、1990年代以降の新築では浴室乾燥機や床暖房なども標準化した。

それがなかった時代

戦後しばらくまで、都市部の多くの住宅には浴室がなかった。「お風呂」はすなわち「銭湯(公衆浴場)へ行くもの」だった。

銭湯は明治から戦後にかけて日本の都市生活に不可欠な施設で、夕方から夜にかけて、手ぬぐいと着替えを小さな袋に入れて銭湯へ出かけるのが日課だった。銭湯では地域の顔なじみと出会い、季節の話や近所の話をするコミュニティの場にもなっていた。

農村部では「五右衛門風呂(ごえもんぶろ)」と呼ばれる鉄製の釜型浴槽を薪で焚く風呂が普及していた。毎日焚くのは薪の消費が多く、週に数回というペースが一般的だった家庭も多い。現代の感覚では「毎日入浴しない」は不衛生に感じるかもしれないが、過労と薪の調達コストを考えれば合理的な選択だった。

どう変わってきたか

家庭に浴室が普及したのは、高度経済成長期以降のことだ。1950年代後半から住宅の近代化が進み、ガス給湯器の普及とともに家庭での入浴が便利になった。1960〜70年代の住宅開発では浴室付き物件が増え、銭湯の利用者数が減少し始めた。

1970年代の銭湯数は全国で約18,000件あったとされるが、家庭浴室の普及とともに減少が続き、2020年代には3,500件前後にまで減少している(全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会の集計より)。

同時期に都市ガスの普及率も上がり、薪を焚く必要がなくなったことで、農村部でも家庭浴室が一般化していった。

お風呂の時間が変わったもの

毎晩自宅で入浴するという習慣は、日本人の夜の時間の使い方を変えた。

銭湯へ「出かける」ために一日の区切りを作り、近所の人々と顔を合わせるという時間が、静かに消えていった。家庭浴室は確かに便利で清潔だが、銭湯が担っていた地域コミュニティの機能は失われた。

一方で今、「スーパー銭湯」や「温泉施設」への需要が高まっているのは、家庭浴室では得られない「広い湯に浸かる」体験を求めているからかもしれない。人は案外、湯が「外出先」にあった時代の感覚を、どこかで覚えているのかもしれない。

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