こたつがなかった時代、冬の夜はどうやって暖まっていたのか
公開日:2026-10-01
スイッチを入れれば足元から温まる。その当たり前は、炭火と灰の工夫から長い時間をかけて形になった。
足をすべり込ませた瞬間、ふわりと温かい。
こたつはそれだけで特別な感覚を持った家具だ。テーブルの下に熱源があり、布団が熱を逃がさない。体の芯から温まるような独特の感触は、電気ストーブやエアコンとは違う。
では、こたつが電気で動くようになる前、その原型はどんな形だったのか。
今、当たり前にあるもの
現代の電気こたつは、ヒーターユニットがテーブル裏面に組み込まれていて、温度調節も自動だ。電源を入れれば数分で温まり、火の心配もなく、子どもや高齢者でも安全に使える。1950年代に電気こたつが登場して以来、改良が積み重ねられてきた結果だ。
日本の家庭でこたつが使われる期間は、秋から春にかけての半年近くにのぼることもある。
それがなかった時代
こたつの原型は「置きごたつ」と呼ばれる炭火式のものだ。陶器や金属の火鉢に炭火を入れ、それを木枠で囲み、上から布団をかける。この形は室町時代頃から使われていたとされ、江戸時代には広く庶民の家庭にも普及していた。
しかし炭火式には課題があった。炭の一酸化炭素中毒のリスク、火の管理の手間、消し炭の処理。密閉された部屋での使用は危険で、換気を怠れば命取りになった。実際、こたつによる一酸化炭素中毒の事故は、昭和初期まで度々報告されている。
さらに遡れば、囲炉裏が暖房の中心だった時代がある。床に穴を掘り、灰の中に炭や薪を埋める囲炉裏は、暖房と調理を兼ねた装置だった。煙は天井を通り抜けるが、密閉できないため保温効率は低い。炭の消費量も多く、薪や炭の確保が冬の暮らしの大きな課題だった。
どう変わってきたか
明治以降、石炭や石油のストーブが輸入され、大正期には一部の家庭に石油こんろが普及した。しかし農村や庶民の家庭では、依然として炭火こたつが主力だった。
転換点は1951年、松下電器(現パナソニック)が電気こたつを製品化したことだ。当初は高価で、すぐに一般家庭に広まるわけではなかった。しかし家庭の電力供給が安定し、製品価格が下がるにつれ、1960年代から急速に普及する。炭を買う手間も、一酸化炭素のリスクも、消し炭の処理も、電気こたつは一気に解消した。
同じ「温かい場所に集まる」道具でも、安全性と利便性は大きく変わった。
暖かさの設計
現代のこたつで見過ごされがちなのは、その「場を作る」機能だ。
炭火こたつの時代から、こたつは家族が顔を合わせる中心の場所だった。囲んで食事をし、話をし、寝る子どもがいて、祖母が編み物をする。それは暖房機器であると同時に、家族が集まる理由でもあった。
エアコンで部屋全体を温める生活が当たり前になっても、こたつだけは別の引力を持ち続けている。足元に入ることで生まれる、あの少し怠惰で心地よい時間は、炭火の時代から変わっていない何かを引き継いでいるように思える。