喫茶店がなかった時代、人々は外でどうやってくつろいでいたのか
公開日:2026-09-17
コーヒーを飲みながら時間を過ごす喫茶店文化は、実は明治以降に形成されたものだ。それ以前の人々が外でくつろいだ場所とは。
ドアを開けると珈琲の香りが漂い、BGMが流れる——喫茶店は日本の都市に根付いた独特の空間だ。
しかしこの空間が生まれたのは明治・大正期のことで、それ以前の人々が外でくつろぐ場所は全く異なっていた。
今、当たり前にあるもの
現代の日本には全国で約7万軒の喫茶店・カフェがある。チェーン系カフェから個人経営の純喫茶まで多様で、コーヒーだけでなく食事・スイーツ・Wi-Fiまで提供する場所になった。
コワーキングスペース的に仕事をする人、読書する人、友人と会話する人——喫茶店は「外でゆっくりする場所」として日常に定着している。
それがなかった時代
喫茶店が存在しなかった時代、人々が外でくつろいだ代表的な場所は「茶屋(ちゃや)」だ。街道沿いや寺社の参道に設けられた茶屋は、旅人や参拝者が休憩する場で、お茶と簡単な菓子が提供された。
江戸時代の江戸市中では「水茶屋(みずぢゃや)」と呼ばれる屋台や小さな店が多く、お茶を出しながら休憩させる商売が繁盛していた。縁台に腰を下ろして渡されるお茶の一杯が、旅の疲れを癒やす場面は当時の絵にも描かれている。
また「湯屋(ゆや)」すなわち銭湯は、入浴だけでなく社交の場として機能していた。湯から上がった後に縁台で涼みながら話し込む文化があり、情報交換や近所付き合いの場でもあった。
どう変わってきたか
日本に珈琲が入ってきたのは江戸時代末期で、長崎・出島のオランダ人が持ち込んだとされる。本格的に喫茶店が登場したのは明治30年代のことで、1888年(明治21年)に東京・上野で開業した「可否茶館(かひいちゃかん)」が日本初の喫茶店とされる。
大正時代には「カフェー」文化が都市部で流行し、ウェイトレスが接客する社交空間として人気を集めた。昭和に入ると「純喫茶」と呼ばれるスタイルが定着し、コーヒーと音楽を楽しむ場として文化人・学生に愛された。
1980〜90年代のバブル期には喫茶店が最盛期を迎えたが、スターバックスなどのシアトル系カフェが1996年に日本上陸してから市場が変化した。
「第三の場所」の変遷
社会学者レイ・オルデンバーグは、家でも職場でもない「第三の場所」の重要性を提唱した。
江戸時代の茶屋・水茶屋・銭湯は、まさにその「第三の場所」だった。喫茶店はその役割を引き継ぎ、現代のカフェへと形を変えた。
「外でくつろぐ」という人の欲求は時代を超えて変わらない。その場所の形だけが時代とともに変わり続けている。